【物件特集】タワーレジデンス四谷【新宿区荒木町】

都心にありながら落着いた空気の流れる街、荒木町に聳え立つ『四谷の八角タワー』の異名を誇るシンボリックな分譲タワーマンション『タワーレジデンス四谷』。
施工は竹中工務店。
竹中工務店は、日本の大手スーパーゼネコン5社のうちの1社で、設計や品質の高さ評価されBCS賞(建築業協会賞)を最多受賞しています。
東京ドーム、東京タワー、日本武道館、近年ではMIYASHITA PARKを建設したことでも知られており、国内随一の施工実績を誇る企業です。
タワーレジデンス四谷物件概要
【所在地(住所)】新宿区荒木町21−1⇒周辺地図はコチラ
【構造】SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)地下2階付23階建
【築年月】2002年2月
【総戸数】41戸
【管理方式】日勤
【主方位】南
【土地権利】所有権
【施工会社】竹中工務店
【設計会社】竹中工務店
【管理会社】三井不動産レジデンシャルサービス
【専有面積】108.31m² ~ 256.52m²
【間取り】2LDK ~ 3LDK
【駐車場数】45台
■セキュリティ
オートロック、防犯カメラ、ディンプルキー、ダブルロック、TVモニター付きインターホン
■共用設備
宅配ボックス、敷地内ゴミ置き場、エレベーター、駐輪場
こちらの解説では物件情報はもちろん、新宿区荒木町について掘り下げていきましょう。
〇新宿区荒木町の歴史について
荒木町一帯は、江戸時代には美濃国高須藩藩主・松平義行の屋敷がありました。
荒木町北辺に接している津の守坂通りも、義行(摂津守)の名が由来となっています。
この屋敷には滝を伴った大きな池がありました。
この池で徳川家康(義行という説も有)が乗馬用の策(ムチ)を洗ったことから「策の池」と呼ばれました。
明治時代には屋敷が退き、池や庭園が一般にも知られるようになり、荒木町一帯は東京近郊でも名の知られた景勝地となり、料理屋が軒を連ね、芸者らが行き交う風情ある花街となりました。
最盛期を迎えたのが関東大震災後で他の花街が被災し客が荒木町に流れ、料理屋13軒、待合63軒、置屋86軒、芸妓252名にもなりました。
しかし、戦争により花街の営業が縮小され、昭和20年(1945年)、空襲で壊滅、戦後に復興するも昭和40年代(1966年-1975年)に衰退、昭和50年代末(1980年代前半)に終焉を迎えました。
町域内には今でも車力門通りや杉大門通りの通り沿いや路地裏などに各種飲食店が散見され、かつての花街の風情を残した部分を見ることができます。
また「策の池」も規模はかなり縮小しましたが、現在でも津の守弁財天のところに残っています。
現在も昭和30年代の雰囲気を色濃く残した町として訪れる方は多いエリアです。
〇交通アクセスについて
タワーレジデンス四谷は複数路線、複数駅が利用可能です。
都営新宿線 曙橋駅徒歩3分
東京メトロ丸ノ内線 四谷三丁目駅徒歩7分
JR中央・総武線、南北線 四ツ谷駅徒歩11分
都営大江戸線 牛込柳町駅徒歩13分
乗り換えは必要ですが、新宿駅が近い為、利便性は高く、アクセス面で困ることはないでしょう。
〇デザイン性について
タワーレジデンス四谷は八角形のデザインが特徴的な外観の中古マンションです。
23階建てのタワーマンションが「四谷の八角タワー」として、四谷エリアの象徴的な建物となっています。
外観フォルムを模した八角形のモニュメント風の門柱、石畳の車寄せなど重厚感あふれる外観が特徴的です。
マンションのエントランスには重厚感のある石畳や、マンション外観を模した8角形の門柱が構え、高級感と洗練した風格を演出しています。
〇各部屋の特徴について
1フロア1〜2戸になっておりプライバシー性良好。
間取りは2LDK〜3LDKのお部屋で、各住戸100m2を超えるゆとりと開放感のある明るい空間となっています。
居室内には豪奢なキッチン・ワインクーラーなどが付いてるお部屋もあり、日常に華を添えてくれるでしょう。
天井カセットエアコンなどもお部屋のデザイン性を損ねません。
お部屋によってペット飼育相談可能です。
〇学区域について
タワーレジデンス四谷がある『新宿区荒木町』の学区域は
小学校区域⇒新宿区立四谷小学校
中学校区域⇒新宿区立四谷中学校
新宿区立四谷小学校
2007年、新宿区立の四谷第三小学校(※四谷第一小学校)と四谷第四小学校の両校が合併してできた小学校。
※四谷第一小学校が閉校し、同校児童が四谷第三小学校に転学
四谷小学校の所在地は旧四谷第一小学校跡地。
※合併された3校の校歌は四谷小学校のHPで聴くことが出来ます。
開校の経緯
新宿区は児童数減少による区内小学校の小規模化に伴い、統廃合によるより良い教育環境の実現を果たすべく、小学校の適正配置に取組み始めました。
1999年度から四谷第一小学校、四谷第三小学校、四谷第四小学校の3校を対象校として進め、まず第一段階として2002年に四谷第一小学校が閉校し、同校児童が四谷第三小学校に転学しました。
2003年12月24日に四谷第四小学校PTAから統合合意文書が提出され、教育委員会は3校を統合して新校を建設することを2004年1月6日に、同5月7日に新校建設地を旧四谷第一小学校跡地とし、校名を「四谷小学校」とすることを決定しました。
2005年10月31日に旧四谷第一小学校跡地で起工式、2007年3月20日に落成式が行われました。
GIGAスクール構想の実現に向けて、GIGAタブレットを効果的に活用し、子どもの「学びたい」をかなえる教育をしています。
※GIGAスクール構想とは
2019年12月に文部科学省から発表されたプロジェクト。
GIGAとはGlobal and Innovation Gateway for Allの略。
小学校の児童、中学校の生徒1人に1台PCと、全国の学校に高速大容量の通信ネットワークを整備し、
多様な子どもたちに最適化された創造性を育む教育を実現する構想。
新宿区立四谷中学校
2001年に四谷第一中学校と四谷第二中学校を統廃合し開校しました。
『四谷の子どもは四谷で育てる』 のスローガンのもと、3つの目標を掲げています。
○地域と学校がともに生徒の人間性・社会性を磨かせる
○地域と学校がともに生徒の意欲・能力・可能性を高める
○地域と学校の互恵関係を深める
また、小中連携型地域協働学校のモデル校(2年目)としての実践を通して、「あるべき子ども像」を四谷の地域で模索しながら、各小学校と連携のもと、主体性を育む教育を実践しています。
〇治安について